金魚警報 - 2012年11月
All Entries |  Monthly Archives |  Tag Cloud |  New entry |  Up load | 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」感想掃き溜め

ネタバレが怖かったので早々に観てきました(残念な理由
以下乏しい記憶からの貧しい感想掘り起こし掃き溜め備忘録につき推敲とかしてないのであしからず的メモ。


ぼくの知ってるエヴァではなかった。破でのあれこれがなかったかのように溌溂と戦闘を繰り広げる眼帯アスカにおかえりなさいの一言。14年後という衝撃。サードインパクトで全てがリセットされ、Qではパラレルワールドのような世界観を展開するのでは、とおぼろげに予想してたけどきちんと序、破の流れをくんだ時系列で安心した。14年はシンジの年齢でありまた旧劇場版公開からQ公開までに至る年数でもあり、大変意味深な数字じゃないかしら?エヴァ搭乗者のみ歳をとらないとい唐突な設定は視聴者に向けた配慮だなぁと受け止めましたけどぼくがひねくれてるんでしょうか。もしくはエヴァファンはいつまでたっても子供だという庵野監督からの辛辣なメッセージでしょうか序盤は派手な戦闘シーンに快哉を叫びつつもポルナレフ状態。ミサトさんにリツコさん、かつてのネルフの面々。とプラスαの数人にお前誰やねんの一言。現状を理解できずうろたえるシンジとぼくのシンクロ率は400%。ぼくらの知っているエヴァの世界に当たり前のように馴染んでいる見たこともない人物たち。14年という作中における歳月の経過と、新たな局面を迎えた「誰も見たことのないエヴァ」が現出しつつあるという実感がひしひしと伝わってきます。時々関西弁が飛び出すトウジの妹@沢城みゆきさんの存在がまさに象徴的です。マリもなんかアスカと共闘しちゃってたりして。今回彼女は終始アスカのサポートに周ってました。「お姫様」「コネ眼鏡」と呼び合う仲、意外と両コンビだと思います。版権絵なんかでこの二人の絡みを拝むことがありましたがこのような形で実現するとは。TV版から破に至るまで強固な結びつきを見せていたシンジとミサトさんの関係が破綻するさまは観ていて辛いものがありました。ミサトさんの側につくかレイの呼びかけに応じるか、そのたった一つの選択が彼らの関係の亀裂を決定的なものにしたのだと思うとなんともやるせない。と同時にまだまだ改善の余地はあるのだと希望を見出したりもします。シンジを殺すことに躊躇してしまったミサトさんはやはりシンジの、そしてぼくらの知ってるミサトさんに他なりません。レイを助けたかったという純粋な気持ちをサードインパクトの免罪符としていたシンジにとって、かつての記憶を持たない別人と成り果てたレイの存在はあまりにも残酷です。まぁあれだ、死ぬ気で助けて14年眠り続けて目覚めたと思ったらみんななんか冷たい対応で助けたと思ってた彼女も別人で・・・そりゃシンジじゃなくても塞ぎこむってもんですわ。そんな絶望続きのシンジにとって希望となる存在がカヲル君。連弾のシーンは今回のQを象徴する場面と言えますね。謎の虹色ピアノ予告はこれだったのかとw カヲル君に手を取られて顔を赤らめたりとホモホモしい場面もありましたが、序でミサトさんの手を握り返し、破ではその手を拒絶したことを思うと、直接他人に触れる行為が作品にとって非常に重要な意味を持っているように思えますし、縋るものが何もないシンジにとってカヲル君はまさに救いの手を差し伸べてくれる存在だったのでしょう。冬月さんの以外な活躍(?)も見所の一つだったのでは。序、破では完全に置物状態でしたが、シンジに真実を伝える「嫌な役目」を全うしてくれました。六十代半ばぐらいでしょうか、すっかり老いた彼の口から発せられる一言一言に重みを感じます。しかしこの行為はゲンドウに対する抵抗であるわけで、彼もまた長い年月を経てその考え方に変化が訪れたのでしょう。もうイエスマンとは言わせねぇぜ(謎 さて気がつけばシンジ・カヲル君+レイvsアスカ・マリという対立軸が出来上がり、なんだこの感じエヴァじゃねぇ。VS使徒という点でみんなが同じ方向を向いていたこれまでを思うとなんだか別のアニメか二次創作を観ているようですごく不思議な感覚でした。二人乗りのエヴァ13号機。連弾の前振りと合わせてまさに「瞬間、心、重ねて」です。序盤に続きこのあたりの戦闘シーンも本当に力が入っていて思わず唸ってしまいます。3年という製作期間にも納得してしまう出来です。いや本当に三年かけたのか知らないけど。カヲル君の制止を振り切り槍を抜いたシンジ。フォースインパクト。何も行動を起こさなかった結果悲劇を招いてしまった旧劇場版でのシンジと、自らの意志で選びとった選択が悲劇を招いてしまうQのシンジが対照的です。Q全体にみえる、やることなすことうまくいかない様がまさに「罰」のように思えて不憫です。綾波>世界を選んだことが「罪」に相当するのか、とか。廃人とかしたシンジをアスカが引きずり出すシーン。ここでのアスカのシンジに対するどぎつい物言いが旧劇場版を彷彿とさせます。殺伐としてるんですけど、うん、申し訳ないけどこの関係がやはりしっくり来る。バカシンジのために料理を作るデレアスカなんてものも破では見られましたが、やっぱりこっち。でも破での良好といって差し支えない関係を見せられたあとでこの仕打ち、持ち上げて落とす感がはんぱねぇです。シンジまた首絞めるんじゃないかとハラハラしたり。まぁそんなこともなかったけど、しかし「また助けてくれなかった」などシンジに対するアスカの特殊な感情も見え隠れしたりと、旧作も含めこれまでとは違う二人の関係が強く印象に残りました。総じて序、破と比べて圧倒的に異質な作品だと思います。人物の表情がこれまでの二作と異なっているのも、コメディ色の薄さも、主題歌がbeautiful worldじゃないのも含めて。雰囲気が近いのはやはり「Air/まごころを君に」でしょうか。破の予告を見るに、展開的にもそのまま旧劇場版を下敷きにしようと考えられていた節があります。予告に出てた加持さん、本編に一切出て来ませんでしたが…。当初のものとは筋書きが大きく変更されたのでしょう、そしてそれによる3年という製作期間、おそらく。時代が変わり、舞台が変わり、人間関係が変わり…正直戸惑いました。そんな中でも変わらないもの。「主人公が何度も同じ目に遭いながらひたすら立ち上がっていく話」庵野監督の所信表明での言葉です。つらい出来事に直面し、逃避し、立ち向かう、でもその先にまたつらい出来事が待っていて。そうして何度も何度ももがき、あがき、生きようとするシンジの姿、それはまさしくぼくの知ってるエヴァでした。で、次作が「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」お、おう。新?真?シンジのシン?Qのあとがシン?「ヱヴァンゲリヲン」でもないし旧作とついに繋がるとか?とまぁ相変わらず意味深なことこの上ない。まさか次次作以降も続くとか…はないと思いますけど、こう形式を破ったタイトルを提示されると身構えてしまいます。:||ってピアノの繰り返し記号なんだとか。だとすれば「らしい」タイトルですねぇ。というわけでヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qでした。正直に言って、想像してたものより遥かに良かった、というのがまず何よりの感想でした。やっぱりエヴァは面白いね、と締めたいところですがQの面白さはこれまでのエヴァとまた違うところにあったような気がして。でもぼくが観たかったエヴァはこういうのだったのだと思います。三三七拍子ではありませんが、心から惜しみない拍手を贈りたいです。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。